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新立川総区

【新立川・師弟原点の日】12月23日

【淵源】昭和52年(1977年)12月23日
池田先生が完成間もない立川文化会館を初訪問 

1977年(昭和52年)12月23日、池田先生は完成間もない立川文化会館を初訪問され、同志を激励された。その後、立川文化会館を創価の反転攻勢の拠点として指揮を執られた。

随筆「新・人間革命」267 わが闘魂の勝利城・立川より抜粋

我、巌のごとく、ここに立つ!
我、炎のごとく、ここで戦う!
我、暁のごとく、ここで勝つ!
東京・立川は、常に広宣流布の勝利へ、勝利へと、ほとばしる栄光の源流である。
それは、昭和五十二年の師走の二十三日――。立川文化会館が落成した二日後のことであった。記念の勤行会に出席し、私は、わが同志に訴えた。
「人生の真実の勝利は、広宣流布の信心を貫く以外にない。そのために、生きた信心の団体である創価学会員として、誇り高く生き抜いていただきたい」
当時は、いわゆる「第一次宗門問題」の渦中であった。
御聖訓には、涅槃経の文を引かれて、「その僧は、袈裟を身にまとっているけれども、信徒を狙うありさまは、猟師が獲物を狙って、細目に見て静かに近づいていくがごとく、猫が鼠をとらんとしているがごとくである」(御書二一ページ、通解)と仰せである。
ここ多摩地域の第二東京(当時)でも、陰険で貪欲な坊主どもの、どす黒い策謀が渦巻いていた。
その荒れ狂う激浪のなかに、我らの「正義」の砦として、厳然と、そびえ立ったのが、立川の文化会館であった。

(参考文献)

  • 随筆「新・人間革命」267 わが闘魂の勝利城・立川(聖教新聞 2002/5/31)
  • あの日あの時 池田先生と第2総東京 (聖教新聞 2006/9/29付)
  • 栄光の日々 「反転攻勢の本陣 東京・立川」(聖教新聞 2010/2/5)
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